宮城県農協政治連盟の50周年記念祝賀会が開催されました。私は産業経済委員長ということで乾杯の発声をすることになり、その際、農政連としての米価闘争で、米価審議会の会場前で「米価をあげろ~!」と叫んでいた頃の自分を思い出したので、そのお話をさせて頂きました。
 「米価闘争」も今では死語でありますが、あの時の熱い想いを忘れることはできないものです。苦しくてもやっぱり米を作り続けたいですね。

米を作って26年目の 中島源陽