どこまでの

今日は、政治や行政が責任を持つべき将来の長さについて考えることとなりました。宮城県美術館が複合化されるとした場合、今回の合築に対する国の補助金が相当程度見込め県負担は軽減されるのでしょうが、合築50年後には補助金もなく、とてつもなく大きな負担が求められるのではないか、との疑問を県側に投げかけました。

今の県行政として、どこまでの時間軸において財政に責任を持つべきなのか、その線の引き方によって、今の判断が変わる可能性があり、大いに議論の余地ありと思います。

さらに考える 中島源陽

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