昭和20年8月6日午前8時15分、広島に世界で始めて原爆が投下されました。一瞬にして多くの命と建物と自然の全てを奪ったのでした。数年ぶりに訪れた「広島平和記念館」の全ての展示は、そのことの筆舌に尽くしがたい状況であったことを物語っていました。
最近、私は「かくて太平洋戦争は終った」という本を読んだのですが、その中で、『時の首相がポツダム宣言が発せられたことに対して、「ただ黙殺あるのみである」という談話を記者に語ったことが、英語になった段階で「拒否した」となり、そのことが原爆投下につながってしまったと言っても過言ではない。』という箇所がありました。時の状況やその会話の前後もあり、全ての責任をその一言に負わせることはできないとは思うのですが、やはり極めて重大な一言であったと思うのです。
時の政治を担う人の責任の重さを痛感した一冊となりました。原爆死没者慰霊碑の前にて、安らかなる眠りと原爆のない世界の平和を願わずにはいられませんでした。
宮城県議会議員 中島源陽
