“正しい”の限界2011年8月9日Written by kometsubu コメントする 今晩の県政懇談会において、「たとえ、米や牛肉のセシウム濃度が暫定許容値を下回っていて、数値は正しくても、消費者がその数値を拒否すれば、買ってはもらえないことになる。」という、ご意見を頂きました。 現在の不検出でなければ安心できないという風潮においては、正しいということの限界があるのだと思いました。しかしながら、一方では、私たちは生の自然の中にいるということも冷静に理解しておきたいものです。 少々やりきれない思いになった 中島源陽 共有:Click to share on Twitter (新しいウィンドウで開きます)Facebook で共有するにはクリックしてください (新しいウィンドウで開きます) 関連
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